僕は直感的に、この朝食が彼女と共にする最後の食事だということが分かった。
今日は休日だ。前日遅くまで仕事をしたこともあって、今朝はいつもより遅く起き30分ほど朝風呂に浸かった。
溜まった洗濯物をすべて洗うには、2回洗濯機を回すことになりそうだったが、洗剤は1回分しか残っていなかった。詰め替え用の洗剤があるかも確かめず、僕は近所のスーパーで洗剤を買いに行くことにした。そうだ、朝食用の食料も一緒に買ってこよう。
交代で朝風呂に入っている彼女に、ドア越しに声をかける。
「ねぇ、5分ほど出かけるよ」返事はない。
「ちょっと出かけるよ」「…わかった」小さい返事だった。
歩いて1分のスーパーで、詰め替え用の洗剤を二つ、厚切りの食パン、チーズ、ヨーグルト、ベーコンを買う。
卵は二つ冷蔵庫に入っていた。コーヒー豆もまだ一回分は残っている。
卵は二つ冷蔵庫に入っていた。コーヒー豆もまだ一回分は残っている。
あくまで濃く淹れたブラックコーヒーにチーズ・トースト。そしてベーコン・エッグ。
食後にはバナナとヨーグルトを食べよう。僕の中でレシピは定まった。
家に戻ると彼女は着替えを終えていたが、表情は暗かった。
僕らは、ずっとうまくいっていなかった。
うまくいくかな?と思うと、すぐにうまくいかなくなる。
うまくいくかな?と思うと、すぐにうまくいかなくなる。
きっとお互いに致命的な問題を抱えているのだろう。
二人で過ごす毎日は、穴の空いた小舟に入り込む海水を小さなバケツでなんとか掻き出そうとする老いた水夫に似ていた。ただし、バケツそのものにも穴が空いていることは、後から分かった事だった。
無音の中で朝食を食べるのも味気ないと、僕はボブ・ディランのライブ盤のCDをかけた。
1964年。正規リリース盤ではなくブートレグなので、録音状態は悪いが、当時のディランの貴重な音源だ。
白身がきれいに固まり、黄身に薄い膜が張る。中はちょうど半熟に仕上がっている。
塩とコショウを少しだけ振り完成。ベーコンはもっとカリカリにしたかったがしょうがない。
「ミスター・タンブリングマン」が流れる。
ディランの声を聞きながら、僕はチーズ・トーストをかじり、コーヒーを飲む。
食事をしながら僕らには全く会話がない。
彼女はいちごジャムを薄く塗り、ゆっくりとトーストを食べている。
ディランは「激しい雨が降る」を歌い始めた。
イッツ・ア・ハード・レインズ・ゴナ・フォール。
さっきまで明るかった空が曇り始めていた。
もしかしたら雨が降るかもしれない。
彼女はこのあときっとこの家を出て行く事になる。
チーズ・トーストをかじる彼女の小さな手を見て、僕はそれが分かった。
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