気が沈んでるのは、
弱冷房車のせいじゃない。
私は弱冷房車が大嫌いだ。
もわっとした人いきれに、
何度殺されかけたかわからない。
あわてて飛び乗った車両は、
運悪く
温められ始めたばかりの
弱冷房車だった。
理由はわかってる。
でも考えたくない。
いつもだったら
気分を晴らしたくれる音楽も、
今は聞きたくない。
鞄から文庫本を取り出し、
開いてはみるけど、目で追っている文章の上に
あのとき言ってしまった余計な一言を重ね、
ああダメだ。
やっぱり、この人いきれにあたり、
過呼吸気味になる。
ふぅ
ふぅ
息を吐くことだけに集中していたら、
いかにもなボヘミアンが腰を下ろした。
と勝手に物語を紡ぎ出した時、
ひらがなの"だいじょうぶ"を使おうと心に決めた。
ふっと目の覚めるような香水が匂って、
金色の髪の毛を後ろに束ねた、
外国の人がつける、
舶来ものだ!とわかる香水が苦手な人もいるけれど、
私は、一瞬で外国にトリップしている錯覚に浸れるから、 嫌いではない。
(おめでたい自分の脳に感謝したい。)
目をつむると、楽しかったベルリンでの日々が蘇る。
私のまわりだけ、瞬く間にヨーロッパになって
乱れた呼吸も落ち着きはじめた。
ガサゴソ、と音がして、
何気なく彼の手もとに目をやると、
リュックの中から取り出した、懐かしい単語カード(しかも細め)を
熱心に巡っていた。
きっと留学生なのだろう。
有名大学の名がついた駅から乗り込んできたもの。
きっと専攻は別にあって、 日本語は必要に迫られて学んでいるのね、
サッとめくった次の単語が
目に入った。
“だいじょうぶ”
ただでさえ細いカードの幅、めいっぱいに書かれたひらがなは、
小学校3年生が書いたような、
プリミティブな魅力をはらんでいる。
だいじょうぶ。
"ぶ"は、律儀に4つのパーツに分かれている。
ぎりぎりひとつの文字として認識できる有り様で、
それがかえって、私の目をくぎづけにした。
まるで、私に語りかけくれているかのよう・・・
自分好みに解釈して、
なんだかふっと心が軽くなった。
うっかり弱冷房車に乗ってしまった自分を、許すことができそうだ。
ボヘミアンくん、ありがとう。
さて、そろそろ降りる駅が近づいてきたぞと、
荷物を整えはじめ体をよじると、
ボヘミアンな彼は、
いまだ”だいじょうぶ”の文字をじっと見つめている。
次のカードがめくられるまでの時間が、長い。
・・・気がする。
もしかしたら、
ボヘミアンな彼も、
無意識にじっと見つめてしまったのかもしれない。
脳の中で翻訳される前に、
その意味を、心で理解していたのでは。。。
その意味を、心で理解していたのでは。。。
だいじょうぶ、というひらがなのやさしさは、
異国の地で暮らす彼の心も、ふっと軽くしてくれていたのかしら。
そんなことを思いついて、
私も誰かに、
「だいじょうぶ?」
「だいじょうぶだよ!」
と声をかけるときは、
発する言葉は、文字として目に見えなくても、
人は耳を通して、"大丈夫"と"だいじょうぶ"の違いをを心で感じてくれるだろう。
すっかり気分が晴れ、
私は弱冷房車から弾むように飛び降りた。
ボヘミアンを乗せた列車は走り去り、
その風に吹かれて、私に移った残り香の存在に気づく。
だいじょうぶ。
だいじょうぶ。
この残り香がとんでしまっても、
きっと心は軽いはずだ。
Mayuco


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